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たとえ世界を知らぬ井の中の蛙だとしても
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ついに長編にまた手を出してしまった……。
新しい連載です。
また放置しそうな予感ばりばりです。

基本私は複数話出来てからしか上げないのですが、これは書き溜めるのに時間が掛かりそうだ……。
微原作沿いで行きたいかな、なんて思います。
キャラの性格が変わってたり、死ぬ人が死ななかったりとかする話になると思います。















 無知とは罪である。
 知らぬということは選択の幅を狭め、取り返しの付かない事態を招いてしまいかねない。
 その責から逃れようにも、無知であることは言い訳にならない。
 それは即ち、自ら知る努力を放棄したと言うことであるからだ。
 故に、無知とは罪なのである。

 無知とは幸福である。
 知らぬということは選択があることも知らず、自身の知るもののみを盲目的に信じられる。
 その先にあるものだけを信じ、一心に進み続けることが出来る。
 例えその先に奈落が待っていたとしても、知らなければ存在しないも同じであるからだ。
 故に、無知とは幸福なのである。










 罪深き幸福。
 罪無き不幸。










 そのどちらでもあり、どちらでもない存在がいた。
 『それ』は何も知らなかった。
 持つべき知識を持たず、持つべき記憶を持たず、己が持つ存在意義を知らず。その全てを知らず。罪深き幸福を持っていた。
 されど『それ』は知っていた。
 自分という存在を、自分という異物感を、居場所というどうしようもない違和感を。その全てを識らずに知っていた。罪無き不幸を持っていた。
 『それ』はそれを幸福とは思っていなかった。
 『それ』はそれを不幸とは思っていなかった。
 幸福を知らないわけではない。不幸を知らないわけではない。
 ただ自身が知ること、知らないこと、それら全てをあるがままにその身の内に内包していた。
 知らないことを知りたいと欲し、識っていることを更に知りたいと欲す。
 けれど、『それ』を取り巻く環境はそれを許さなかった。
 真綿でくるみ、守るように見せかけ、何も聞かせず、見せず、知らせず、小さな鳥籠に閉じ込めた。
 それでも『それ』は欲し続けた。










 ――――――――そして転機は訪れる。










 夜の優しさを持つ歌が、鳥籠の鍵を揺るがして。















*















「……ーク……起……。……起きて、ルーク!」
 暗闇に沈む意識の中、声に促されて覚醒する。
 瞼を押し上げて最初に眼に入ったのは、栗色の髪をした少女の姿。見覚えのないその顔に、自分は人の顔を忘れるような失礼な人間だったのかと思いながら、誰何の声を絞り出す。
 文字通り、絞り出したような音が喉から出てきた。擦れた、聞きづらい声。
「……きみは……?」
 顔を忘れたという申し訳なさも手伝い、少女には聞き取り辛いものとなってしまった。それでも静けさで満ちたこの空間では十分であったらしい。
「よかった……。無事みたいね」
 質問の答えではなかったが、少女が安堵した雰囲気に口を噤む。
 そうしてから漸く、少女の向こうに広がる夜空と樹々、己の周りを囲む白い花を知覚した。よくよく感じてみれば、肌に触れる風もいつもと何処か違うように感じられる。
「ここは…………どこだ?」
 少女に問いかけようとしたわけではない。自然と口から零れ落ちた言葉だった。けれど、少女は律儀に独り言になるはずだった言葉に返してくれる。
「さあ……。かなりの勢いで飛ばされたけど……。プラネットストームに巻き込まれたのかと思ったぐらい……」
 少女の言葉に漸く状況を思い出す。
 そうだ、彼女は屋敷に侵入してきた賊ではなかっただろうか。対象は…………
「お、まえ、師匠を…………っ、つ、ぅ」
 身体を勢いよく跳ね上げようとして、何処かにぶつけたのか背中が痛んだ。仰向けになっていたことから鑑みるに、この場所へ飛ばされた際に地面へぶつけたのだろうと思われる。
 堪らず呻き、地面に逆戻りする。痛みをたった今自覚した所為か、なかなか引いてはくれない。
「急に動かないで。……怪我は? 何処が痛いの?」
 心配そうな色が声に滲む少女に、素直に背中が痛いと言えば、彼女の右手が背に添えられる。
 そこから伝わってきた暖かな波動に、徐々に痛みが引いていく。そのことから、少女が第七音譜術師であることを知る。
 痛みが無くなったところで礼を言い、改めてゆっくりと起き上がり、少女を真正面から見つめた。
「君は誰だ? 一体何が起こったんだ? いや、何が起こったか大まかには予想してるけど…………」
「私はティア。どうやら私とあなたの間で、超振動が起きたようね」
 ティアと名乗った少女の言葉に、やはりと頷き、頭を掻く。
「同位体による共鳴現象、か。…………この場合は第七音譜術師同士で起こった現象だから、擬似超振動だな」
「ええ。……あなたも第七音譜術師だったのね。迂闊だったわ。だから王家によって匿われていたのね」
 ティアの言葉に苦笑し、軽く手を振る。そんな理由ではない、と言う意思表示。そんな理由だったならば、キムラスカ王女はどれだけ厳重に匿われねばならないのだろうか。そう思う。
 さわさわと風が吹き渡る。屋敷とは違う空気の匂い。空の大きさ。大地の温もり。身体に染み込んでくる何か。それらを感じていると、ティアが立ち上がった。
 訝しげに見上げれば、彼女はこちらに手を差し出し、立つことを要求する。
 その手を有り難く取り、立ち上がったところで彼女は口を開いた。
「何時までもここにいるわけにはいかないわ。あなたをバチカルの屋敷まで送って、」
「嫌だ!」
 ティアの言葉を途中で遮り、声を荒げて彼女の手を振り払う。
「っ、ルーク?」
「俺は戻らない! 絶対に!」
 困惑したような彼女に対し、拳を作って叫ぶように言葉を吐き出す。
 ここで連れ戻されることだけはなんとしてでも阻止したかった。阻止しなければならなかった。
「どうして? あなたの両親が心配しているはずよ」
 諭すような声だった。恐らくティアには、我が儘を言って周りを困らせる子供のように映っているのだろう。実際その通りかも知れない、と多少彼女の言葉で落ち着いた頭で思う。
 話すべきだろうか。理由を。
 彼女の瞳を見つめ、彼女のこれまでの言葉を思い返す。そして、屋敷にやってきた目的を。
 彼女は人を欺き、陥れるような人間ではないように思われた。瞳は真っ直ぐ、言葉と声には真剣な優しさが含まれていた。保身の為のものであれば解る自信がある。
 そして、彼女が屋敷にやってきた目的。その時に言っていた言葉。










 信じてみよう。










 一度唇を湿らせ、ティアに視線をしっかりと固定する。
「俺は、ファブレへ戻る気はない。まず第一に、資格がない」
 何を言っているのか、という疑問を口にしようとしたティアに、黙って話を聞いて欲しいと願う。
 少し長い話になるだろうから、と地面に再び座り直し、彼女にも目線で促した。
 ティアが地面に座ったのを確認し、続きを口にする。
「レプリカ、って知ってるか?」
「…………いいえ。聞いたこと無いわ」
 ティアの瞳から視線を逸らさない。ティアも視線を逸らさない。彼女の瞳にも声にも嘘はなく、そしてそれが真実だろうと己の勘が告げた。
「レプリカっていうのは、フォミクリー技術から生み出されたモノを指すんだ。フォミクリー技術は、あらゆるモノの複製を生み出す。つまりは、複製をレプリカって言うんだけど。…………フォミクリー技術は理論上、そして実際に、生物レプリカも作成出来る」
 風が髪を揺らす。それを邪魔そうに掻き上げ、続けた。
「レプリカは須く第七音素のみで出来ている。その為か結合が緩く、生物レプリカの場合、死ぬと元素との結合が解けて乖離してしまう。だから」
 掻き上げた髪を少しだけ引き千切り、ティアの目の前に差し出す。千切られた朱色の髪は、けれど瞬く間に第七音素へと還っていく。
「レプリカと被験者を見分けるのは、容易い」
 驚きで目を丸くしたティアに、少しだけ気分が重くなった。自身が人間でないと証明した訳なのだから当たり前だ。
 けれど一度滑り出した口は止まってくれなかった。知らぬうちに、誰かに話してしまいたいという欲求を持っていたのかも知れない。
「生物レプリカは、レプリカ情報って奴が抜かれた時の被験者そっくりに作成される。その時の肉体情報を使うわけだから当たり前なんだろうけど、でも知識は同じじゃない。知識を刷り込みしないと、まるっきり赤ん坊の状態から始まるんだ。言葉も話せず、身体も動かせず。身体だけ大きな赤ん坊に」
「あ、あなた、は」
「うん。…………俺は、本当のルーク・フォン・ファブレから作られた、レプリカルークだ」
 だから資格がないのだ。
 本来ならば、もっと前にファブレの家を出るべきだったのだが、軟禁されている身。本当のルークではないと言っても信じては貰えず、精神科医を呼ばれたことも一度や二度でなくある。
 黙ってティアの言葉を待つ。拒絶の言葉を。それが当たり前であるし、それ以外の言葉はないと思っていた。
「…………どうして、あなたは自分がそうだと思ったの? 何処からどう見ても、私と同じ人じゃない」
 予想外の言葉に、肩が震えた。
 同じ『人』。その言葉に、涙が出そうなほど嬉しくなった。
「お、れ……。生まれた時の記憶、ちょっとあるんだ。ガラスと、多分液体越しに、俺と同じ顔の奴が、でも俺より綺麗なあかい髪の奴が、俺の方見てた。………………ヴァン、師匠と、一緒に」
 ティアが息を呑む。それはつまり。
「兄さんが……あなたを作ったの?」
「にいさん? ティアとヴァン師匠は、兄妹?」
「あ、ええ」
 何処かばつが悪そうに頷くティアに、少し考え、頷く。
「多分、そうだと思う。何言ってたかは覚えてないんだ。聞こえなかった、のかも。ええと、それで、ファブレに連れて行かれてからずっと、違和感があったんだ。自分じゃない人の代わりになっている感じが。それが何でか知りたくて、でも誰も教えてくれなくて、自分で調べて。…………さっきの、乖離現象を、見つけちゃって」
 そこから真実に辿り着いた。
 辿り着いてしまった。
 ショックを受けた。自分が人ではなかったことにもショックを受けたが、それ以上にショックだったのは、自分がいる所為で戻って来れない人がいるということだった。
「だから、俺はファブレには戻らない。…………ファブレには、行かない」
「ルーク…………」
「だから、ごめん。それから、ありがとう。俺が外に出れたのはティアのお陰だ」
 そう言って笑って見せた。晴れ晴れと、とまではいかないかもしれないが、今出来る精一杯の笑顔で。
 ティアは瞳を揺らがせ、そっと朱色の頭へと手を伸ばした。
「ティア?」
「ごめんなさい、ルーク。兄さんの所為で、あなたにそんな生まれをさせてしまったのね。…………私の方も、事情を話すわ。あなただけが話すなんて、こんな重いことを話すなんて、フェアじゃないもの」
 そして訥々と語り出す。
「私は、兄さんが……故郷でしていた話を聞いてしまったの。何か…………とてつもないことを企んでいると思ったわ。少なくとも、人が沢山死ぬような、何かを。いいえ、下手をしたら、世界が滅んでしまうような、そんなことを」
「だから、止める為に?」
「ええ。…………ファブレ邸を選んでしまったのは、私のミスよ」
 俯くティアに慌て、殊更明るい声音で言ってのける。
「でもほら! お陰で俺、外に出れたし!」
「…………ありがとう、ルーク」
 その言葉を受け、地面から立ち上がると、かなり昇ってしまっている月を見上げた。
 何時までもここにいるわけにはいかない。何処に行くにしろ、移動しなければいけないだろう。
 ティアも立ち上がり、唯一見晴らしのいい方向へ目を向ける。
「海があるわね。さっき少し水音がしたから、近くに川があるんだわ。川沿いを下っていけば、海に出られるはずよ。海岸線を目指せば、街道に出られると思うわ」
「あれが…………海」
 ティアと同じ方向に目を向け、呆然とその方向を見つめる。
 昼間であるならば、その方角には青が広がっているのだろう。今は漆黒に彩られているが、月の光を弾き白く輝く波が、確かにそこに水があるのだということを伝える。
「海を見るのは初めて?」
「ああ。……屋敷から出るのも、初めてだ」
 そっと左手を胸の上にのせ、笑みを浮かべる。
 初めてが多く待っている外の世界に、期待で胸が弾んでいるのが解る。
「取り敢えず、あなたを安全な…………近くの街に送っていくわ。ここが何処か解らないけれど、未開の地ではないはずよ」
「うん。…………改めまして。俺はレプリカルーク。よろしくな、ティア」
 ティアの言葉に頷き、ルークは右手を差し出す。それにきょとり、と瞬いてから、ティアも笑顔を浮かべて右手を握り返した。
「ええ、よろしくね、ルーク」
 そうして二人、夜の渓谷を歩き出した。
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