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たとえ世界を知らぬ井の中の蛙だとしても
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それでは焔の王の3話をお届けします。

ちなみに、ティアの扱いが若干酷い(?)です。
ティア好きの方は見ない方がいいのかも。















「……ーク……起……」

 鼓膜を揺らす音が、遠く近く、響いて聞こえる。それに併せて意識を浮上させていくと、途端に明瞭になる音に思わず呻いてしまいそうになる。

「……起きて、ルーク!」

 少女の声だった。ルークをバチカルの屋敷から外の世界へ導いた、猪突猛進気味なところのある音律士(クルーナー)の少女。亜麻色の髪と青い瞳は記憶にあるものと変わらない。
 少し視線を走らせてみたが、どこにも怪我や異変はなさそうで、密かに安堵する。

「…………君は……」
「よかった……。無事みたいね」

 会話の切っ掛けとして呟けば、安堵を若干混ぜた口調で言葉が返ってくる。
 辺りは既に夜の闇に包まれており、群生していた草――――――――否、夜にのみ咲くセレニアの花が仄かに光りながら固く閉じていた花弁を開き、存在を主張している。
 白く可憐で、凛とした花。『彼女』が好きだった花。

「かなりの勢いで飛ばされたわね……。プラネットストームに巻き込まれたのかと思ったぐらい……」

 飛ばされただけですんだのは重畳である。ルークと少女が飛ばされた現象は擬似超振動。身体を構成する元素と音素の結合を解き、再構築する現象。の擬似的なものだ。下手をすれば再構築されないか、別の不必要な要素を取り込んでの再構築が行われることだってあるだろう。
 それを考え、ルークは胸中で安堵の息を盛大に吐いた。猪突猛進気味なところがあるのはルークも同じだった。けれど、一欠片も失敗するという考えが浮かばなかったのだ。
 前回上手くいったからと言って、今回も上手くいくとは限らなかったのに。

「………………つくづく、『聖なる焔の光』って変な運の良さだよなぁ」
「何か言った?」

 ぼそり、と。
 少女に聞き取られないように呟いた言葉は、音として意味として、少女に伝わることはなかった。だが、どうやら何かを呟いたことだけは解ったようで。
 さてどうごまかすか、等と考えながら、屋敷の中から振る舞ってきた「我が儘なところのある坊ちゃま」を続ける。
 長い前髪を掻き上げ、瞳を細め、少女を見る。

「ここはどこだよ、って言っただけだっつーの」

 正直、ルークはこの演技が嫌いだった。誰かを偽る為のもの、というのも理由の一つだが、口調が難しいのだ。何をどう喋ればいいのか解らない。
 生まれてこの方、ルークはそのような話し方をしたことがなかった。だから最初は、何事も経験だ、と思い、楽しめたのだが、七年間も続けていると苦痛に近くなってくる。それでストレスを溜めるなど、と最近では少し態度を軟化させては来たのだが。もちろん、剣の師匠には気付かれないように。
 だから、この旅は「ルークが外の世界を知り、大人の反応が出来るようになった」という印象を付け、口調を変える絶好のチャンスでもあったりする。
 生命の危険を顧みず、擬似超振動を起こした理由はそれだけではないが。

「ごめんなさい、私にも解らないわ」
「はぁ? お前が連れてきたんだろ?」

 言いながら、立ち上がって改めて辺りを見回す。
 月の光に照らされた海。白く揺れるセレニアの花。自分と少女の髪を揺らす、生き生きとした自然の香りを孕む風。微かに耳朶を打つ水のせせらぎ。屋敷に閉じ込められていては感じられない、数多くのもの。
 それらを感じながら、ルークは静かに少女の話を聞くともなしに聞く。

「私とあなたの間で超振動が起きたのよ。…………あなたも第七音譜術士(セブンスフォニマー)だったのね。うかつだったわ。だから王家によって匿われていたのね」
「…………確かに、オレは第七音譜術士(セブンスフォニマー)だけど。その所為で屋敷にいたわけじゃねーからな」

 少女の言葉では、第七音譜術士(セブンスフォニマー)全てを王家が匿う、もしくは保護しているようではないか。そんなことは実際、起こらないだろうに。
 確かに第七音譜術士(セブンスフォニマー)の数は少ないだろう。だからといって、保護が必要かと言えば、決してそうではない。習わぬものは使えない。知識と技術、素質があって初めて、第七音素(セブンスフォニム)は人の手でその音を響かせるのだ。
 預言(スコア)によってあらかじめ辿る未来が決められているこの世界では、第七音譜術士(セブンスフォニマー)の素質を持っていても、それを生かすことなく一生を終える者もいる。
 つまりは、そういうことだ。
 王家が、第七音譜術士(セブンスフォニマー)だから匿う、という事態は起こりえない。
 ただし、ルークの場合は「特別な」という言葉が冠詞に来るので、「第七音譜術士(セブンスフォニマー)だから」という理由は強ち外れではなかったりする。
 同じく立ち上がった少女と共に、崖とは逆の、生い茂る樹々の方向へ視線を投げかける。夜の気配が濃厚に漂うその空間は、幾つもの生物の息遣いが聞こえてきそうだった。もしくは、その闇自体が一つの生命体であるかのようにも感じられる。
 夜は、闇は多くのものを容易く隠す。故に恐怖を煽られる。それが普通。
 ルークはけれど、その闇をただの事象として受け止め、少女に尋ねた。

「さて、どうする?」

 その言葉に、もちろん、と少女は頷いた。

「あなたをバチカルの屋敷まで送っていくわ」

 本来なら頭を抱えるべき発言ではあったが、ルークはそれを堪え、ならさっさと行こうぜ、とぞんざいに言葉を吐き出した。
 彼女がどれだけ非常識かということは、前の時で多少見知っている。共に行動することもあったのだから、理解していると言ってもいいだろう。
 だが。

「魔物よ! 構えてっ!」

 そう言って、貴族で一般市民であるルークを前線に立たせ、自分は後方で譜術等の支援に徹する。
 ここまでとは思っていなかった、とルークは魔物をあしらいつつそっと右手で顳(こめかみ)を押さえた。
 市民を守るはずの軍人が、市民を盾にするとはどういうことか、と問い詰めたいところだが、今は時間がないと己を納得させつつ先へ進む。
 そうして出会った辻馬車に持ってきていた値の張るだろう装飾品を代金として乗せて貰い、向かう先も確かめずに瞼を下ろした。
 この先に付く場所を、自分は知っている。聞いてもいる。
 だから今は一先ず、非常識に呆れ返って疲れた精神を休ませることを先行させた。










 辻馬車内で交わされる、会話という名の情報を聞き流し、そうして辿り着いたのは、食料の村であるエンゲーブだった。
 活気ある、とは言えない、長閑な空気に伸びをすると、ルークは瞳を細めた。

「うん、いい空気だ」
「いい空気だ、じゃないわ! あなた、聞いてなかったの?」
「ここがマルクト領だってことか? 理解してる」
「だったら帰る方法を…………いえ、いいわ」

 辻馬車に向かうまでの道でティアと名乗った少女は、ルークの態度に怒ったかと思えば、呆れたように溜息を吐く。まるで「これだから何も知らない人は」とでも言いたげに。
 その態度に、こちらの方が溜息を吐きたいと思いながら、ルークは宿屋へと足を進めた。
 出来れば個室がいいとも思いながら。





ティアの扱いが酷いのはもうホント、土下座ものですね。
PTの扱い、酷くなるかも……(汗)
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