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たとえ世界を知らぬ井の中の蛙だとしても
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ちょっと前に思い浮かんだ話。
でもあまり上手く表現出来なかった。
…………残念!





 強く吹き付ける風の音に掻き消される小さな音に気付き、彼は目を覚ました。
 薄らと瞼を押し上げると、炎で照らされた洞窟内部が視界に入る。
 光源である薪の方へ僅かに首を向けると、炎の色と同化した髪色が飛び込んできた。
 意識が覚醒するにつれ、耳から入り処理される情報も多くなる。小さな音――――――――否、声はどうやら、その人物が発しているらしい。
 旋律を伴ったそれは、確かな歌だった。
 彼の眠りを妨げないようにと下げられた音量。それでも二人だけの洞窟で、それは吹き荒ぶ風と炎の爆ぜる音以外では唯一の物。彼の耳に届くのも仕方のない話である。
 まだ回り始めない頭で、彼は歌を聴いていた。歌い手はまだ彼が起きたことを知らない。

「あなたの愛をください
 ほんのひとしずくだけでいいから
 私が私として咲く為に
 乾いた砂地に染み込んでいく
 朝露のような愛を
 それだけで私は生きていける」

 柔らかな旋律だった。恐らく、本来ならば女性が歌うだろう歌。けれど、歌を紡ぐ声に違和感を感じない。それは恐らく、歌い手の感情が歌と重なっているからだろう。
 視界に映っていた自らの紅い前髪を掻き上げ、彼はぽつりと言葉を漏らした。

「…………何処の歌だ」

 歌い手が弾かれたように彼を振り向く。短い朱の髪がその動きに合わせて揺れる。
 見開いた翠の瞳に彼を映し、その表情を驚きから申し訳なさそうなものへと変えた。

「ごめん、アッシュ。起こしちゃったか?」
「……いい。そろそろ交代の時間だろう」
「あ、うん」

 アッシュはもう一度前髪を掻き上げると、洞窟の壁に預けていた背を起こし、薪に近づく。
 それにあわせ、歌い手は薪から離れ、けれど壁際には行かずに洞窟の入り口へと向かう。

「吹雪、止まないな」

 入り口から外の様子を確認し、歌い手は溜息混じりに言葉を漏らした。
 ロニール雪山。年中雪で閉ざされたこの山にあるパッセージリングに用があり、アッシュはこの地に立ち寄った。
 そこでたまたま、歌い手――――――――ルーク率いる一行と出会い、運悪く吹雪に見舞われてしまったのだ。
 何とか吹雪をやり過ごせる洞窟を見つけたときには、アッシュとルークは他の者とはぐれていた。
 そして今に至る。
 ちょこちょこと小走りに薪へ近づき、その側に置いてあった毛布を掴むと、壁際に行き眠ろうとする。
 アッシュはそれを引き留める為に口を開いた。

「おい、質問には答えねぇのか」
「へ?」
「さっきの歌だ」

 言われ、ルークは俯きながら微かに頬を紅潮させる。
 起きたんなら声掛けてくれればよかったのに、等といったことを口内で呟き、それでもアッシュの言葉に応えようと記憶の中を探る。
 暫くして、ああ、とルークは顔を上げた。

「ケセドニアでさ、旅芸人の一座が公演してたんだ。その歌姫が歌ってた」
「そうか」

 淡泊なその応えに、ルークは首を傾げる。

「知りたがったのはアッシュだろ? 何でそんな」
「うるせぇ、どうでもいいだろうが」

 さっさと寝ろ、と態度で表され、ルークは瞳を伏せてアッシュから視線を外す。
 解った、と小さく呟くと、毛布を身体に巻き付けて瞼を閉じる。
 外の吹雪の音と炎の爆ぜる音だけが洞窟内を支配する。
 そんな中、アッシュはルークが歌っていた歌を思い出す。
 あの歌は以前、彼も聴いたことがあった。だが、何処で聴いたのか、何という歌なのかが思い出せなかったのだ。
 場所を聴いて曲名を思い出したのは、歌姫が「この歌はケセドニアでしか歌う気にならない」と言っていたのが印象深かったから。
 サボテンと言う曲名の歌は、歌姫自らが作詞した歌だと言っていた。
 愛しい人に同じ想いを返されないと知っていて、それでもその人を想い続ける。そういう歌だと。
 ケセドニアのような乾燥地で育つ植物の名を冠した曲。

「愛して貰えなくてもいい
 ただ少しだけ私を見てくれるだけで」

 ぽつり、と一フレーズだけ歌う。
 洞窟の中に落とされた同じ筈の声は、けれど同じようには歌えなかった。
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